労働者であれば、誰しも仕事中のケガや病気で働けなくなることがないとはいえません。
そんなときに頼りたい労災保険給付について、皆さんどのようにお考えでしょうか?
特に、難しいのが、今回とり上げる「脳・心臓疾患」です。
(参考サイト:厚労省 令和6年度「過労死等の労災補償状況」)
特徴としては、脳・心臓疾患での労災(いわゆる過労死など)認定率は30%を切っています。
令和6年も令和5年も、約1000件の請求件数がある中で、支給決定が出たのは200件強。(年度内に結果が出ない場合もあるため、実際にはもう少し増えます。)
労働者が死亡(自殺)した案件の認定率が40%を超える「精神疾患」とは異なり、脳・心臓疾患は、労働者が死亡していても認定率に大差がありません。
審査に半年以上は掛かり、不支給決定の場合、不服申立で認容される確率も非常に低いです。
労働界20年の経験を持つ特定社会保険労務士が、知っておきたいポイントを解説します。


尾崎 彰信(特定社会保険労務士)
私は、もともと労働界20年の経験があり、労働問題についての相談や労災申請・傷病手当金申請などに、労働者のサポートを大切にして取り組んでいます。
もちろん、障害年金の請求代理もしていますので、労災で障害が残った場合にも生活支援のためにシームレスにサポートしています。
労災申請の流れのイロハ
労災には、共通事項として、よく知られた治療費や休業補償などのほか、障害や遺族の補償など、災害発生から長期にわたって被災労働者を支える数多くの給付が存在し、それぞれ提出書類の様式が決められています。
「いったいどれを申請すればいいの?」と迷うかもしれませんが、まずは労災の認定を得ることが最優先。
逆に言えば、どれか一つの給付で労災が認定されたら、申請し残した給付を追加手続すればOKです。
ただし、時効に注意して下さい。災害発生から原則2年(一部異なる)を過ぎると労災申請できません。
「労災隠しは犯罪」といわれるとおり、事業主は、労災発生に際し「労働者死傷病報告書」を労働基準監督署長に提出する義務があります。虚偽報告などに対しては安衛法の罰則(50万円以下の罰金)が規定されています。
明らかな業務上の災害であれば、会社側が最初から労災申請の手続きを進めることが多いでしょう。
問題は、労災申請すべきかどうか、会社側が判断できない(しない)ケース。
被災した労働者本人やご家族が手続きを進めることは、平常時ならともかく、被災した直後というのは負担も大きいものです。
まずは、入院(通院)先の医療機関で労災扱いを希望する旨の意思表示をしましょう。
そして、会社側に対して申請を依頼しましょう。
それが出来なかった場合、いったん健康保険で治療をした後に労災扱いにしてほしい!と思うケースもあるでしょう。
会社側に依頼してもなかなか動いてもらえない場合は、時効に注意し、体調が落ち着いたところで、自ら請求手続きを行いましょう。
労災申請の必要書類、様式、提出先
次に、労災保険の給付には、給付の種類ごとに定められた「様式」(請求書)が用意されています。
代表的なものは、「5号様式」(療養補償)、「8号様式」(休業補償)などです。
すべて厚労省HPからダウンロードできます。
この様式(請求書)とあわせて、「申立書」の提出が求められます。
この申立書も様式が定められています。
認定基準にそって災害発生状況を確認するための回答項目がたくさん並んでいます。
その他の添付書類として、治療費の請求であれば、領収書や診療報酬明細書など、必要に応じて提出が求められます。
発生した災害についての資料、例えば、タイムカード、業務日報、撮影画像、医学意見書など、必要に応じて添付します。

どうする⁈ 会社側が労災申請をしてくれない
どうしても会社側が労災申請を進めてくれない場合は、労働者側で手続きを進めることが必要です。
社労士に依頼すれば、確実かつ迅速に進めることができるでしょう。
よく社長さんが「証明欄にハンコ押したら、労災を認めたことになる!」と勘違いされていることがあります。
これは、全く違います。
労災を認める・認めないは、労働基準監督署の職権ですので、労働者でも事業主でもありません。
たとえ、会社が「労災です」と主張しても、監督署が労災と認めないケースもあるわけです。
繰り返しますが、労災申請書類の事業主証明欄は、会社が労災を認めたことを意味しません。
単に、書類の記載内容(災害の発生日時、場所、具体的状況などの各項目)を証明するものです。
もし記載事項に異議があれば、書面で意見書を提出できます。
ですので、事業主が証明を拒むことにより申請そのものを止めさせようとすることは許されません。
仮に事業主証明を拒んだ場合は、そのままで監督署は申請を受理します。
以上の提出先は、全て、所轄の労働基準監督署長です。
ここまでは、脳・心臓疾患以外の労災申請と大きな違いはありませんね。
脳・心臓疾患の最大のポイントは「量的過重性」!
労災認定基準の「基本的な考え方」
脳・心臓疾患については、専用の認定基準が設けられています。
この認定基準は、令和3年に改正され、令和4年から施行されました。
基本的な考え方として、脳梗塞などの「脳血管疾患」、心筋梗塞などの「心疾患」は、誰でも一定の年齢になれば、主に加齢や生活習慣、生活環境などの日常生活のなかの要因その他によって、徐々に進行していくことがほとんどです。
ですから、基礎疾患があったとしても、そのことがただちに業務上の因果関係を否定することにはなりません。
ポイントは、その基礎疾患にあたる血管病変等が、仕事が特に過重であったことによって、自然的経過を超えて著しく悪化した結果、発症したかどうか、です。
このような場合に、その発症に当たって、仕事が「相対的に有力な原因」となったと認定されます。
労災認定基準の「対象となる傷病」
対象疾病は、脳内出血(脳出血)、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む)、重篤な心不全、大動脈解離です。
労災認定基準の「認定要件」は3種類
| 認定要件1 | 「長期間の過重業務」 |
| 認定要件2 | 「短期間の過重業務」 |
| 認定要件3 | 「異常な出来事」 |
上記が、「業務による明らかな過重負荷」の認定要件の3種類です。
「発症の有力な原因が仕事に起因することがハッキリしている」、「医学的経験則に照らして、基礎疾患を自然経過を超えて著しく憎悪させ得ることが客観的に認められる負荷」という意味です。
上記は、期間の長い順番に並んでいますが、医学的には、脳・心臓疾患に対する影響力が、この順番に高いわけでは必ずしもないことに注意して下さい。
認定要件1 「長期間の過重業務」とは?
評価期間は、発症前おおむね6ヶ月間です。
この期間で、いわゆる「過労死ライン」の時間外労働時間があったかどうかです。
「過労死ライン」とは、単月100時間、複数月80時間が目安です。
最大のポイントは、量的な過重労働があるかどうかです。
例えば、タイムカードで時間外労働時間を客観的に立証できる場合には、それだけで労災が認定される見通しがあります。
この量的過重性が不十分な場合は、労働時間以外の負荷要因をあわせて総合評価されます。

認定要件2 「短期間の過重業務」とは?
評価期間は、発症前おおむね1週間(発症に近接した時期という)です。
この期間で、発症直前から前日までの間またはおおむね1週間継続して、特に過度の長時間労働(深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど)が認められる場合です。
これも、量的過重性がポイントです。
労働時間数とともに、休日確保の状況なども評価されます。
この量的過重性が不十分な場合は、労働時間以外の負荷要因をあわせて総合評価されます。
認定要件3 「異常な出来事」とは?
評価期間は、発症直前から前日です。
この期間に、「発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇した」と認められる場合です。
この「異常な出来事」には、次の3つの類型があります。
| <精神的負荷> | 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす事態 |
| <身体的負荷> | 急激で著しい身体的負荷を強いられる事態 |
| <作業環境の変化> | 急激で著しい作業環境の変化 |
考えられる例として、5つの例示が認定基準に記載されています。
①業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与した場合<精神的負荷><身体的負荷>
②事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合<精神的負荷><身体的負荷>
③生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合<精神的負荷>
④著しい身体的負荷を伴う消化作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行等を行った場合<身体的負荷>
⑤著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業、温度差のある場所への頻回な出入りを行った場合<作業環境の変化>
これらの例示は形式的なものではなく、遭遇した出来事が、全体として同等の過重負荷と評価しうるもの出れば、業務と発症との関連性が強いと判断されます。
労災申請の期限、時効、いつまで?
前述のとおり、時効は原則2年(※)です。
ただし、障害や遺族補償を目的とする給付のいくつかは5年のものもあります。
前述のとおり、脳・心臓疾患の労災認定が下りるまでには相当の期間を覚悟しなければなりません。通常、6ヶ月以上は掛かり、複雑な案件になると1年ほど掛かることもあります。うっかりすると時効が迫っていた、ということにもなりかねませんので注意です。
認定が下りたら、速やかに、請求し残した給付がないかチェックしておきましょう。
※令和8年7月10日、改正労災保険法が成立し、保険給付の時効を2年から5年に延長することが明記されました。施行日は令和9年4月1日とされています。
健康保険の傷病手当金を同時請求することもある
傷病手当金は健康保険の給付なので、私傷病(つまり業務外)のための療養で休業し収入がない場合に、休業した日数に応じて一定額が給付されます。
本来、労災申請をしながら、傷病手当金を請求するのは矛盾しているように見えます。
制度上も、同一の傷病を理由として、この二つの給付を受けることはできません。
しかし、実務上は、同時請求するケースはしばしばあるのです。
なぜなら、労災は申請してから認定が下りるまで、半年以上の期間が掛かります。休業を余儀なくされた労働者は、収入がなくなり生活費が枯渇しかねません。
また、半年待った挙句、認定されず不支給となる場合もあり得ます。
そのため、生活補償の「つなぎ」として当面は傷病手当金を受け取り、労災が認められなければ引き続き受給し、労災が認められれば返還するという方法がとられるのです。
いったん生活補償に受け取ったお金を返還できるの?と心配になるかもしれません。
それも、大丈夫です。労災の休業補償給付のほうが受給額が多いからですね。
労災の休業補償の給付額は実質的に約8割!
労災の給付は、給付基礎日額という単価をもとに算定されます。
この単価は、労働者の被災前の賃金をもとに1日あたりの稼得能力に相当します。
休業補償であれば、休業給付基礎日額を、労基法に定める平均賃金に相当する額をもとに一定の率を掛けて算出しています。
実際の給付額は、このように算定された休業給付基礎日額×60/100で求められます。
これとは別に、休業特別支給金というものが支給されます。支給額は、休業給付基礎日額×20/100。
従って、実質的な支給額は、日額の8割相当になると考えてよいでしょう。
他方、傷病手当金の給付日額は、その労働者の平均標準報酬月額の1/30の2/3です。
従って、基礎額の違いから単純比較はできませんが、一般論としては労災のほうが給付額が多くなることが分かりますね。
困ったら、労災申請を専門家に依頼することも選択肢
このように、労災申請手続は非常事態での様々な事情が複雑にからんでいます。
被災した労働者が自分で行うことは、相当の負担が伴うでしょう。
もし、会社が労災の申請をしてくれない、あるいは労災ではないかと疑問がある、などの場合には、労働者側での労災申請を行う専門家に相談してみるほうが良いでしょう。
当事務所でも、労働者からの依頼を受けて労災申請を行っております。
費用を抑え、依頼者の負担にならないようにしておりますので、お困りの際は、まずは無料相談をご利用ください。
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